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読了記録

20090429
「日本語が亡びるとき」 水村美苗・著

十分脅されてしまいまして、言いようのないザワザワ感に侵されております。

言葉というものを「普遍語」「国語」「現地語」にわけて考えるということが新鮮でした。特に「国語」と「現地語」という局面の違いについては。

「普遍語」というのはある時代ある地域で成立していた、知的活動を表現、交換できる言語。ラテン語や漢文がそれにあたります。そしてそれが、これからは「英語」になる。(なっている。)

「現地語」とは日常使っている言葉を指しているのですが、それがどのように「国語」、(つまり、知的活動を表現、交換できる「現地語」)に昇格していったか。そしてそれはどの国、民族にもあることではなくて、日本は奇跡的に「国語」を獲得できたこと。などを論理的に説明してくれています。

そして、これからの知的活動、著者が「叡智をもとめる人」と呼ぶ人の活動に「日本語」は使われるのか。読まれるべきものは英語で書かれているので、圧倒的に英語を読み、読まれたければ英語で書く。その時代には日本語はもはや「国語」ではなく「現地語」になってしまうだろう。

小説家が書いているので文学に限定されたきらいのある本だ、という批判がありそうですが、それでいいじゃないかと思います。なぜなら、文学(の読み手の存在、読み継ぐ人を育てること)って、お金にならないので、ないがしろにされそうな今日を感じているから。いまどき文学部じゃあないでしょ的な、ね。coldsweats01

たしかに、数十年後たとえばドイツ文学を専攻する学生がどれだけいるのか・・・フランス文学でも危うい気がする。日本人にくらべてはるかに英語に近い言語で育ったドイツ人がドイツ語で小説を書いているのか。小説を書くような人種はみな英語を使いこなし、日本人さえ英語で小説を書いているのではないか。その時代、だれが漱石を読み継ぐのか。

・・・極論的な本なのですが、いろいろ考えさせらるし、考えておかなくてはならないことが書かれています。

著者の『続明暗』を単行本で読んだとき、漱石の『明暗』でさえ現代かなづかいで読んでいるのに、その続編を旧かなづかいで読むという不思議な体験をしたのですが、その『続明暗』も文庫化されるときには現代かなづかいに改められて出版されたそうです。なんだか、著者が気の毒になってしまう話です。読まれたければ読み手に合わせる。これが将来は、かなづかいの問題ではなくて、日本語と英語の問題になっているかもしれないってことなんですね。


それにしても、日本という国が漢字を捨てなくて本当によかったなぁ。
以上、バリバリの「現地語」で書いています。絵文字付きだし。。。

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困ります。

手芸関連本の出版社、雄鶏社が先週自己破産申請をしたとのことで、今月中に出版されるはずだった、ドロンワークの本が入手できなくなってしまいました。crying

雄鶏社の本は子供のころから、母が参考にして編んだセーターを着ていたり、自分でも本を参考にレース編みを覚えたりしていて、なじみ深いものがあります。さびしいですね。

『刺繍通信』もどーなるのだろ。更生法じゃなくて破産ですからねぇ。
がっくり。

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読了記録

20080423
五重塔  幸田露伴・著

なぜにいまさらこの本を?と聞かれれば、そこにあったので・・・と答えるしかないのcoldsweats01
詳しく言えば、実家にいったら母が読み終わって放置されていたということです。(故に「ワイド版」です。とーっても見やすいですよぉ。どの文庫もこうなるのがユニバーサルデザインということなのかも。でも、紙の使用量は多くなります。)

短い話なのに読むのに時間がかかったのは、文体が難しいからではなく、むしろ耳に心地よいからです。頭の中で講談師が語っているかのように、きちんと音にして読んでいました。意識したわけでもなく、自然とそうなってしまうのです。これは音読必須の作品ですね。

読後感がとてもさわやかで清々しいです。やっぱり古典として生き残った作品はすごいと感動中。

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星組 見てきました。

『My dear New Orleans』『ア ビヤント』
宝塚歌劇団 星組
東京宝塚劇場

星組のトップコンビのさよなら公演です。

最後のショーがとってもよくって、瞳子ちゃん(安蘭けい)、本当によかったねと、もちろん知人でもないわけですが、心の中で話しかけてしまいます。

一瞬で場をさらっていく歌声、もう聞けないと思うと、ただただ寂しいですね。

瞳子ちゃんの卒業で、私もなんだか一区切りです。
どれだけ彼女の作品をみたかなぁと数え上げてみました。

1998 「春櫻賦」「Let's Jazz」
    「凍てついた明日」
    「浅茅が宿」「ラ・ヴィール」
    「ICARUS」
1999 「再会」「ノバ・ボサ・ノバ」
2000 「バッカスと呼ばれた男」「華麗なる千拍子」
    「デパートメントストア」「凱旋門」
    「花吹雪・恋吹雪」
2001 「花の業平」「夢は世界を翔けめぐる」
    「ベルサイユのばら2001」
    「花の業平」「サザンクロスレビューⅡ」
2002 「プラハの春」「LUCKY STAR!」
2003 「ガラスの風景」「バビロン」
    「雨に唄えば」
2004 「白昼の稲妻」「テンプテーション」
    「ファントム」
    「花舞う長安」「ロマンチカタカラヅカ’04」
2005 「長崎しぐれ坂」「ソウル・オブ・シバ」
    「龍星」
2006 「愛するには短すぎる」「ネオ・ダンディズム」
2007 「さくら」「シークレットハンター」
2008 「エル・アルコンー鷹ー/レビューオルキス」
    「赤と黒」
    「スカーレットピンパーネル」
    「ベルサイユのばら ベルナール編」
    「ネオ・ダンディズムⅢ」
2009 「My dear New Orleans」「 ア ビヤント」

結構見逃しているのに、相当な作品数になりました。
延べ観劇回数は数えないでおこう。coldsweats01


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読了記録

20090413
『悼む人』  天童荒太・著

やっと図書館の予約がまわってきて読めました。図書館に入ってすぐ予約したのですが、もちろんまだ直木賞受賞前だったにもかかわらず、既に50番台でした。読後感が重いのか軽いのか、自分でもわからない不思議な感覚の中におります。文庫で出版されたら買います。coldsweats01(本代をケチる気はないのですが、保管場所がないのですよ!場所が!)


考えまとまらないので、以後自分用の備忘録。

当初、静人があまりにも揺るぎのないというか変化のない人なので、他の主要人物にとっての触媒みたいな役割をするだけなのかと思ったが、終盤にきて彼の心の動きが見えてきて俄然面白くなった。

これは、寓話として読んでいいものなのだろうか。そう考えると、登場人物の名前が実社会には珍しい名前なのも、そういう意図だったように思えてくる。朔也のあり方というのもまた然り。
寓話として「面白かったね」なんて読み方は、なんだか自分が非人間的みたいでいやな感じもする。

ところで、この作家は誤読歓迎派かなぁ。(きっと違うと思う。)そうだったらこんな読み方も許しえもらえそうだが。
そうだとしても、さらに朔也は男性を愛せたら人生楽だったかもなどと言ったら、それは暴言すぎる。


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